アメリカのテック業界で「レイオフ」の波
アマゾンやメタで1万人規模のレイオフ(解雇)が開始されたというニュースが注目されています。アメリカのテック業界では、スタートアップから始まったレイオフの波が、このように大手企業にまで押し寄せており、グーグルなどでもレイオフ懸念が増大しているといわれているんです。
「アメリカのレイオフの波が、日本にも波及してくるんじゃないか?」、テック業界で働く読者の中にはそんなふうに懸念する人もいるかもしれません。それでは、実際にアメリカでレイオフを行っているのはどのような企業なのか、見てみましょう。
テック業界のレイオフの状況をトラッキングしているサイト「Layoffs.fyi」の2022年11月25日時点のデータによると、2022年、これまでにレイオフを実施した企業数は853社、レイオフされた社員数は13万7492に上ります。これにはインドやインドネシアなど、アメリカ以外のデータも含まれますが、大半はアメリカのレイオフで占められています。
では、どのような企業でレイオフが行われているのか。2022年現時点までで最大の規模となるのは、メタの1万1000人のレイオフ。以下、アマゾン(レイオフ数=1万人)、Booking.com(4375人)、Cisco(4100人)、Uber(3700人)、ツイッター(3700人)などが続きます。
こうして並べられた企業を俯瞰してみると、コロナ禍で急拡大した需要が落ち着きを見せ始めてしまっている企業、あるいは、ここ数年新規事業への投資を強化したものの、昨今の経済情勢、不況感を背景に主力事業が減速し始めている企業が目立ちます。
レイオフされた人材は「環境テック分野」へ
このようにテック業界で広がるレイオフの波ですが、テック業界にありながら、レイオフされた人材を積極的に取り込もうとする分野があり、テック人材からの注目を集めているんです。その分野とは、「環境テック分野」です。
2022年は、テックスタートアップへのベンチャー投資が、前年に比べ大きく落ち込んだ年となりました。しかし、環境テック分野では例年にないほどの大型投資が続いたんです。
環境テック分野はこれまでに累計640億ドルを調達、2021年の370億ドルを大幅に超えています。特に、「二酸化炭素貯蔵テクノロジー」への投資が集まっています。
また、CTVCが追跡している132の環境VCファンドは、370億ドルの待機資金(dry powder)を保有しているといいます。
さらに、アメリカでは今後10年に渡り、計1兆7000億ドルを環境分野に投じる「インフレ削減法(Inflation Reduction Act)」が施行されました。環境テック分野にさらに資金が流入することが見込まれます。
これにより、環境テック分野のスタートアップは潤沢な資金を蓄え、GAFAMなど高待遇で知られる企業と比べても遜色ない待遇で、テック人材の取り込みを加速させています。
既存のテック企業から環境テック企業への人材の流れを加速させている要因の1つが、「環境テック分野に特化した人材プラットフォーム」の存在です。
Yahoo!やSlackなどでの職務経験を持つ人たちが、次々と環境テックに特化した人材プラットフォームを開設、それらを介し、人材の流れが加速しているんです。
注目の環境テック人材プラットフォーム
代表的なプラットフォームとしては、Climate Draft、Terra.do、Work on Climateなどが挙げられます。
その1つであるClimate Draftは、過去にYahoo!でプロダクトマネジャーなどを務めた経験を持つ、ジョナサン・シュトラウス氏らが2021年8月に立ち上げたプラットフォームです。
同プラットフォームでは、環境テックスタートアップの求人情報を掲載するだけでなく、環境テック関連の学習リソース提供やコミュニティ運営を通じて、テック人材の環境テック分野に対する認知/理解を高める取り組みを推進しています。
現在、同プラットフォームでは、水質管理/フィルター技術を開発するZwitterCoのITマネジャーや天候データプラットフォーム開発のStormSensorのインサイドセールスなどの求人情報が掲載されています。
Protocolの2022年11月11日の記事によると、Climate Draftでは11月4〜11日の1週間で、通常を超える2000人以上の新規登録があったと報告されています。
その直前、11月3日にはアメリカの配車大手Lyftで700人、Stripeで1000人、また11月4日にはツイッターで3700人、11月7日にはセールスフォースで1000人、また11月9日にメタで1万1000人がレイオフされるとの報道があったところ。Climate Draftでの登録者の増加は、これに呼応するものとなります。
11月初めのテック大手による一連のレイオフは、他の環境テック人材プラットフォームにも影響を与えたようです。
Terra.doでは、11月9日に開催した環境テックジョブフェアに、通常を大幅に上回る1400人以上が参加、過去最多を記録したといいます。通常は300〜400人ほど。またジョブフェアに参加した各企業には、2時間のイベントで、200人以上の申し込みが集まったとのことです。
環境テック分野で求められるスキル
テック大手によるレイオフがきっかけの1つとなり、環境テック分野にテック人材が集まる状況となっていますが、環境テックへの理解・認知が進んでいることも環境テックシフトの背景にありそうです。
これまで「環境テック」と聞くと、大気科学や保全生態学といった専門分野の修士/博士号が必要になるというイメージが持たれており、GAFAMなどのテック企業で働く人材にとって環境テックへの転職は難しいものと思われていました。
しかし、環境テック人材プラットフォームによる広報活動が、テック人材の流入を後押しするものとなっています。
Slackのシニアソフトウェアエンジニアだった人物が立ち上げた環境テック人材プラットフォームClimate Baseは、同プラットフォームに掲載されている環境テック求人4万2505件から、どのようなスキルの需要が高いのかを抽出しています。
この分析によると、最も多かったのは「営業・事業開発(sales and business development)で、全求人に占める割合は17%でした。
これに「マーケティング&コミュニケーション」が9%、「ソフトウェアエンジニアリング」が8%、「データサイエンス&アナリティクス」が6.5%、「オペレーション」が6%、「デザイン」が4%と続きました。
技術的な側面をみると、ソフトウェアエンジニアリングでは、PHP、Python、Java、Goなどのプログラミング言語スキルに加え、Git、Kubernetes、SQL、AWS CloudWatchなどの経験を求める求人が多いようです。
環境テック未経験のエンジニアにもチャンス?
こうして環境テック企業で求められるスキルを眺めてみると、実は一般的なテック企業とほぼ同じであることに気づいた読者もいるのではないでしょうか?
環境テックに特化した資格や経験を今から取得したり、積んだりせずとも、そこで働く異業種の人たちとコミュニケーションできるソフトスキルさえあれば飛び込んでいけるのかもしれません。
さらに、環境テック人材プラットフォームによる広報活動により、環境テック企業での待遇も一般的なテック企業と遜色ないものという事実が知られるようにもなっています。
例えば、環境テック系企業のWATSの求人情報に書かれた想定年収は、最高で12万ドルとのこと。高待遇で、自らのスキルを生かして地球環境に貢献するやりがいも得られるとなれば、日本のエンジニアのみなさんも環境テック分野に挑戦してみてはいかがでしょうか?
文:細谷元(Livit) http://livit.media/